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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)3109号 判決 1973年5月21日

控訴人 株式会社テイデイ

右訴訟代理人弁護士 渡辺法華

右訴訟復代理人弁護士 高芝利徳

被控訴人 山本美津子

右訴訟代理人弁護士 笠原慎一

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のほかは原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、被控訴人の陳述

1.原判決二丁裏七行目中の「違約金として」及び同四丁表五行目中の「の違約金」をそれぞれ削る。

2.控訴人の後記3の主張を争う。すなわち、被控訴人は控訴人から、本件宅地の所有権移転登記は、中間者である控訴人等を省略して、登記名義人須崎喜之助から被控訴人に直接にするという申入れを受けたことはなく、従って、控訴人主張のように中間省略の方法によることについて承諾したことはない。

二、控訴人の陳述

1.原判決四丁表一〇行目から同丁裏四行目までを次のとおり改める。

「2.同2(一)(二)の事実中原告(被控訴人)が指定の日に指定の支払場所に現われ被告(控訴人)に対し本件宅地につき所有権移転登記を求めたこと、その際被告(控訴人)が登記名義人である須崎喜之助とともに中間省略により同人から直接原告(被控訴人)に所有権移転登記をすべきことを告げたこと、原告(被控訴人)が中間省略登記を拒否したことは認めるが、その余の事実は争う。被告(控訴人)は、売買契約の際、中間省略登記によることにつき原告(控訴人)の承諾を得ている。」

2.原判決四丁裏五行目中「4」とあるを「3」と、同五行目中「5」とあるを「4」と、同行中「3」とあるを「2」と、それぞれ改める。

3.被控訴人は、本件売買契約の際、中間省略の方法により所有権移転登記をすべきことを承諾しておきながら、その後自己の都合により本件契約を維持する意思を失い、出来れば本件契約を自己に有利に解消しようと考え、約定の履行期日に右約諾をひるがえし、徒らに契約書の文言に固執して、被控訴人をはじめとする関係者の説明説得にも耳をかさず、一方的に登記を受けることを拒んだものであるから、本件契約不履行の責は専ら被控訴人がこれを負うべきものである。

三、証拠<省略>。

理由

一、被控訴人と控訴人との間において、本件宅地につき、請求原因1記載のとおりの(但し、当審における一部訂正後のもの。)売買契約が締結されたこと及び右契約所定の履行期日に、履行場所において、控訴人が登記簿上本件宅地の所有名義人である須崎喜之助とともに被控訴人に対し、右須崎喜之助から中間者である控訴人らを省略して直接被控訴人に所有権移転登記手続をする旨告げたところ、被控訴人がこれを拒否し、ために当日本件宅地につき所有権移転登記がなされなかったことは当事者間に争いがない。

二、ところで控訴人は、本件契約の際控訴人は被控訴人に対し、所有権移転登記は中間省略の方法によって須崎から直接被控訴人に対してする旨申し入れ、被控訴人はこれを承諾した、と主張し、被控訴人はこの事実を争うので、まずこの点について判断する。

1.<証拠>を総合すると、本件宅地はもと須崎の所有であったが、同人は昭和四四年二月一四日これを訴外輪島善助に売り渡し、輪島は同年二月二五日さらにこれを控訴人に売り渡したこと及び控訴人代表者の高橋キヨは前記売買契約にあたり被控訴人及びその夫幸雄に対し、右各売買につき作成された契約書(乙第一、第二号証)と本件宅地の登記簿謄本を示して、本件宅地の所有権移転の経路、現在の登記簿上の所有名義人、中間者の存在等について説明したうえ、控訴人代表者自身は、仮りに口に出して明確にいうことはしなかったとしても、所有権移転登記は須崎から中間省略の方法により、直接被控訴人に対して行なうべきことを当然の前提として売買の交渉を進め、被控訴人としても、多少ともに不動産取引の経験があるならば、当然、このことを知りうべき状況の下で契約が締結されたことが認められ、これに反する証拠はない。

2.<証拠>によると、被控訴人はかって名古屋市内において医院を開業する傍ら、その夫の幸雄とともに同市内において相当回数土地、建物の売買をした経験のあること、従って取引上(とくに不動産業者を介する取引については)中間省略登記が普通に行なわれていることや不動産業者である中間売主が登記簿上の売主になる場合には、右売主に賦課さるべき税金等を考慮にいれて売買代金が取りきめられるのが普通であること、などの事情も、これを知っていたものと推認することができる。右認定に反する原審及び当審証人山本幸雄の各証言、原審及び当審における各被控訴人本人尋問の結果は措信しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうして、本件売買代金が、控訴人が登記簿上の売主となることによって同人に賦課さるべき税金等を考慮に入れて定められたことをうかがうに足る証拠はない。しかも本件売買契約において、中間省略登記を適法に行うための条件がすべて備わっている(この条件が具備されていたことは後に認定するとおりである。)にかかわらず、どうしても中間省略登記を不都合とする事情があったことについても、またこのような事情があることを契約締結に際し被控訴人の側から申し出ていたということについても、これを認めるに足る証拠はない。かえって、前示証人須崎、同山本の各証言及び被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人とその夫は、本件契約後直接須崎に対し、同人が本件宅地上の建物から退去する予定日を問い合わせる等種々連絡をとっていたことが認められ、この事実によると被控訴人自身も輪島や控訴人をさしおいて直接須崎と折衝する意向であったことを推知することができる。

以上1.2の事情を総合して考えれば、本件売買契約においては、控訴人と被控訴人との間に、所有権移転登記は中間省略の方法により須崎より直接被控訴人に対して行なうべきことにつき、少なくとも暗黙の合意があったものと認めるのが相当である。

三、1.前記一の争いのない事実に、<証拠>を総合すると、本件契約における義務の履行、すなわち残代金の支払いと移転登記手続をする場所はその後所轄登記所附近の平野司法書士事務所と定められたので、約定の昭和四四年五月三一日午前一〇時頃、前示高橋、須崎らのほか前記輪島の代理人の訴外栗田正博らは右事務所に参集し、須崎より中間省略の方法により直接所有権移転登記を行なうことにつき右関係者ら一同の合意の下に、須崎は所轄の本件宅地の所有権移転登記に必要な書類を平野司法書士に渡し、同司法書士はこれらを精査して遺漏のないことを確かめ、右登記手続の用意を整えて待っていたところ、被控訴人ら夫婦は一一時前後頃現われ、ついで被控訴人の依頼により同人の預金をおろして持参した三菱銀行自由ケ丘支店行員石田英男が到着したこと、そこで控訴人ら売主の側から被控訴人らの到着が遅いことをなじるやりとりがあった後、被控訴人夫婦は、高橋及び平野司法書士から中間省略の方法による登記手続に必要な手はずは整っている旨告げられるや、これに異議をとなえ、契約どおり控訴人から移転登記手続をすることを執拗に主張したこと、その後高橋ら売主側関係者は場所を近所の喫茶店に移して被控訴人らに対し中間省略登記でも何ら差支えがないことを説明し、直ちに登記手続をするように説得したが被控訴人らは全くこれを聞き入れなかったこと、このような状態になったため売主側より控訴人が登記簿上の売主となることによって同人に賦課さるべき税金等を被控訴人において負担するならば被控訴人の要求に応ずる旨を提案したが被控訴人がこれに応ぜず、遂に、当日登記所の執務時間(因みに当日は土曜日であった。)内に登記手続が行なわれず、一方被控訴人においては残代金の支払はもとより、これを提示することもしなかったことが認められ、前示証人山本の証言及び被控訴人本人尋問の結果のうち右認定に反する部分はたやすく借信し難く、他にこれに反する証拠はない。

2.右認定の事実によれば、本件宅地の登記簿上の所有名義人である須崎はもとより、同人と被控訴人との中間において右宅地の所有権を取得したいわゆる中間者である輪島及び控訴人も右宅地につき須崎から中間省略の方法により、直接被控訴人に所有権移転登記手続をすることに同意していたことが明らかであり、また、被控訴人においても暗黙のうちにこれを承諾していたことは既に認定したとおりである。従って、控訴人代表者高橋が、前記認定のとおり須崎及び輪島の代理人とともに平野司法書士の許に赴き、同事務所において所有権移転登記手続に必要な手はずを整え、その旨被控訴人に告知したことは、控訴人において本件売買契約上の義務につき、債務の本旨に従い現実にその履行の提供をしたものというべきである。

してみれば、本件売買契約が所定の期日に履行されなかったのは控訴人の責に帰すべき債務不履行によるものとはいえず、かえって、被控訴人において、控訴人のした所有権移転登記義務の履行の提供を前記のとおり故なく拒絶したことによって、以後受領遅滞に陥ったものというべきである。

四、以上のとおり、本件売買契約上の義務につき、控訴人にその責に帰すべき債務不履行があるとは認められないから、これがあることを前提として一、認定の特約に基づき、控訴人に対し手付金の倍額相当額の違約金の支払を求める被控訴人の請求は更に立入って判断するまでもなく理由がなくこれを棄却すべきである。

然るに叙上と趣旨を異にし、被控訴人の請求を全部認容した原判決は不当であるから、民訴法第三八六条によりこれを取り消し、なお訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 川上泉 裁判官足立勝義は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 白石健三)

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